cognuts’s blog

一个日本人自己做正宗中国菜的博客。在餐厅一定要点炒饭和锅贴的人不要看。

文昌鸡

広州三大レストランの一つ広州酒家の名物料理。

「文昌鶏」と聞くと海南島の地鶏を思い出す。明の時代、彼の地に赴任した役人がこの地鶏を都に持ち帰り皇帝に献上したところ、皇帝はその美味に賛辞を惜しまなかったとか。また近代に入り海南島から東南アジア各地に移り住んだ人々が故郷の鶏料理を伝えたのが海南チキンライスとなったことは、私が改めて申すまでもないことであろう。

ただ、私は広州酒家のこの料理について一つ解せないことがあった。地鶏の文昌鶏は、大抵蒸すか茹でるかして食べるのであるが、それらは皆「文昌鶏」と呼ぶのである。広州酒家のそれは角切りにした鶏をその他の材料と共に縞状に並べて蒸すという独自の調理法だから、その他の料理と差別化するためにも「麒麟(複数の具材を縞状に並べた料理をそう称することが多い)~」と呼べばいいのに、なぜそうしないか?紛らわしい名称をどうしてそのままにしておくのか、それが甚だ疑問だったのであるが、最近とある本の記事を目にして漸く解消した。その答えは言うならば、「文昌鶏にして文昌鶏にあらず。」

要するに、広州酒家の料理はその名を称しているのでてっきりそうだとばかり思い込んでいたが、別に海南島の地鶏を使用しているわけではないのである。

事の起こりは今から半世紀以上前に遡る。当時の広州酒家の料理長が文昌鶏の名声を聞きつけ、自分の店でも使ってみようと思い立ち、愛弟子を現地に派遣して実地調査させることにした。ところが、帰って来た弟子の報告は、「文昌鶏は美味いには美味いが、骨ばって食べにくい」というもの。それなら敢えて自分の所で出すまでもないなと考え、代わりに考案したのがこの料理なのだと言う。それなら、使ってもいない癖になぜ”文昌鶏”と名乗るのか、おこがましいではないのかという別の疑問も湧くのだが、お店側の説明は、広州酒家の店舗が「文昌路」という通りに面しており、名称はそれに由来する」であるとか。何とも人を食った解答で、人によっては余計釈然としないかもしれないが、私はこれをある種のユーモアと解することにしている。「偽物かもしれないが、本物より美味いんだぜ」という料理人の稚気の籠められた、ダブルミーニングの洒落だと理解しているのである。

茹でた鶏を角切りにし、レバーと金華ハムとを重ねて並べて蒸し、くず引きした餡をかけた料理。

本物の”文昌鶏”は胡麻を与えて育てるのが有名で、シンガポールにも昔ながらのその飼育法に拘ったチキンライスの店があり、私も一度食べて「これが本当に鶏か!?」とその濃厚なコクに目を見張った覚えがある。

恐らく広州酒家の「文昌鶏」は普通の鶏にその濃厚さを加えようという発想だろう。レバーが”コク”を、金華ハムが”旨味”を付け足すのである。

ただ、この料理、要するに材料を切って並べるだけだから、特に難しいテクニックはいらない。材料も近くのスーパーで手に入るものばかり(もっとも金華ハムは普通に売ってないだろうからプロシュートで代用。) それぞれの具材を整える手間さえ惜しまなければ、かつて世界一と謳われた広州酒家の味が自宅で楽しめるのだから、これ程身近な"正宗中国菜"もないだろう。唯一注意すべき点があるとすれば、それはやはり火加減。茹でた鶏を皿の上で並べたあともう一度蒸すのだが、火の通しすぎはよくないし、かといって真ん中が冷たくては台無しだから、いつもどのくらい火にかけるのか、調理時間で頭を悩ますのだ。後で蒸すのを見越して最初に茹でる時レアに仕上げたことがあったが、上手く行かなかった。途中で肉汁が流れてしまう。最初の段階でしっかり火を通し、蒸すときは弱火で三、四分、最後に熱々の餡を回しかけて温めるのがベストかと思う。

その他のメニューは、スペアリブの焼き物と干貝柱と椎茸のスープ。

スープは、二枚目の写真の右手に見える磁器の壺に汁と具を入れて蒸した。煮るのではなくこのように蒸すと、濁りのない美しいスープに仕上がる。

左上はただの炒め物。本当は以前作ったイサキの甘酢餡かけ

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を作りたかったのだが、もう時期ではないのかイサキが手に入らなかった。作りたい料理を作るとなると、近所ではどうしても手に入らない材料が出てきて、そのためあちこち奔走しなければならないのが、毎度のこととは言え大きな悩みである。